島村楽器公式ブログ

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ピアノ再生物語「ピアノはこうして生まれかわります」第3回「修理1 ブッシングクロス交換」

みなさん、こんにちは。
暖かくなってきたこともあり、髪の毛を30センチ以上もバッサリと切った調律師のハラキでございます。

気温の上昇とともに、程よく湿度も上ってきていますね。
ピアノセレクションセンター(以下PSC)では毎日温度と湿度のチェックをしていますが、微妙な変化も毎日続けると意外と大きな変化になるのだと日々感じております。

さて、ピアノ再生物語の第3回目を迎えました。

前回の記事はこちら。

今回から10回にわたって「修理」についてご紹介させていただきます。

まずは修理全般についてお話しさせていただきます。

修理とは?

一般に修理といえば、元の状態に戻したり改善することをいいますが、ここでいう修理とは、目に見える外装の修復だけでなく、弾き心地(タッチ)や音色が変わることや経年劣化による「変化」への対応も含みます。
これらは毎日使用しているピアノはもちろん、使用していないピアノにも起こるものです。

「変化」とは具体的にはどのようなことなのか、といいますと‥‥
それはこれからひとつずつご紹介させていただきますので、お楽しみに!

さて、第1回目の修理は、ブッシングクロス交換についてご紹介していきます。
ブッシングクロスとは一体どの部分のことなのでしょうか‥‥?

第1回ピアノ修理 ブッシングクロス交換

まず、ブッシングクロスというものはどこの部分なのかといいますと、鍵盤の中にあります!


上の写真がバランスブッシングクロス、下の写真がフロントブッシングクロスです。
ひとつの鍵盤に2箇所あるということは、ピアノ1台で88鍵ありますので合計176箇所にもなります!これを全て張り替えます・・・よし!

鍵盤の動く仕組みは、シーソーのように「てこの原理」で上下しています。

みなさんが触れている鍵盤の白い部分や黒い部分の先端が、シーソーでいうところの端の部分になるわけです。
鍵盤の下にある板(レール)に付いているフロントピンとバランスピンというところに、クロスが張られているホール部分が収まることで、鍵盤が固定され、動くようになります。
この鍵盤の動きをスムーズにするのがクロスの役目です。

交換が必要となる主な原因としましては、長い間使用していると何度も鍵盤が上下することでクロスが磨り減ってしまうこと。また、ピアノの中に潜む「虫さん」や「ネズミさん」がクロスの繊維を食べてしまい虫食い状態にしてしまうことなどが挙げられます。
こうなるとクロスが役目を果せずに、ピンとホールの間に隙間が出来てしまい、連打がしにくくなったり、音が出なくなってしまうんです。

では、交換していきましょう!

水蒸気を当ててクロスを剥がす

今回の修理でポイントとなるのが「水蒸気」でございます。
クロスは熱に弱いタイプの接着剤によって木材と接合していますので、熱と水蒸気を当てることで古くなったクロスを剥がしていきます。
熱と水蒸気を簡単に作れるもの‥‥それはみなさんのご自宅にも必ずあるものです。
そう、アイロンでございます!

家庭用アイロンのスチ—マー機能では時間がかかりすぎるので、水分をたっぷり含ませた布を鍵盤に置きアイロンの熱を上から当てて水蒸気を作ります。もくもく。
そうしますと接着剤が溶け、クロスが剥がれてきます。
これを繰り返し行い、176箇所すべてのクロスを剥がします。

全て剥がれたら、下地作り。鍵盤に付いている残った接着剤やクロスにヤスリをかけてキレイになるまで仕上げていきます。

ここでせっかくですので、水蒸気にまつわるお話をもう一つ。

ピアノの含水率

含水率とは、木材に含まれる水分の量(比率)のことです。
含水率100%とは、木材の重さと含まれる水分の重さが同じ、ということになります。
メーカーによっても異なりますが、ピアノに使用する木材には10%前後が理想とされています。

日本のピアノは、ヨーロッパの物に比べると比較的狂いにくく、安定しているといわれています。
それは木材を「人工乾燥」させているからです。

「人工乾燥」というのは、蒸気によって加熱した乾いた熱風を送ることにより短時間(数時間〜2日程度)で水分を取り除く方法です。
現在では、コンピュータ管理によって輸出先の湿度に合わせた乾燥具合にコントロールできるものもあります。技術の進歩は素晴らしいですね。

その反面、ヨーロッパで多く取り入られているのが「自然乾燥」。
こちらは、何年もの歳月をかけて天日干しを繰り返し、水分を取り除く方法です。
この方法だと、含水率は20%程までしか下がりませんが、人工乾燥で急速乾燥させることによる繊維組織の劣化・響きへの影響を考慮すれば、ヨーロッパでは自然乾燥にこだわって仕上げているピアノが多くあるのも納得です。

ここまで話すと、

「人工乾燥」<「自然乾燥」

と捉える方もいるかもしれません。では、日本では何故、「自然乾燥」よりも人工乾燥を採用したのでしょうか。
遡れば高度経済成長期(1960年代)。あらゆる物の生産が求められていた時代に、ピアノもまた生産台数増加を迫られておりました。生産量を上げるためには、時間のかかる木材の乾燥をいかに早くさせるかというのが重要だったからなのです。
また、梅雨があり四季の変化の多い日本と1年を通して低湿度なヨーロッパの気候は大きく異なります。日本がヨーロッパに勝るためには、「人工乾燥」は必要不可欠な手段だったんですね。

ヨーロッパの気候だからこそ自然乾燥の木材でも変化が少なく長年使い続けることが出来る‥‥。ということは、「自然乾燥」が採用されている輸入ピアノは、日本ではすぐにダメになってしまう?

そこはご心配なく。きちんとお部屋の温度と湿度を保ち、メンテナンスしてあげれば問題はありませんので、みなさんご安心を。

おっと、マニアックな話になってしまいました(・ω・)
では、ブッシングクロスの続きへ参りましょう。

接着!

古いクロスが全て剥がれましたね。ふう。
それでは新しいクロスを貼っていきましょう!
接着の方法はいたってシンプルです。
長さと前後を合わせて接着し、ジグを使って止めて、乾いたら余分なところをカット!
文字にすると、やけにシンプルですね‥‥写真と共にもう1度!

長さと前後を合わせて接着し、

ジグを使って止めて、

乾いたらカットオオオ!
これを88鍵均一に行なうのみでございます。

接着後、木材とよく密着するように使用しているジグがこちらでございます。

フロントクロス用とバランスクロス用です。
なんてことの無い止め具ではありますが、これがなければきちんとクロスは張り付かず作業を進めることが出来ませんので、けっこう重要なアイテムでございます。

カットが終わったら、ホールの中を掃除して作業中に出たカスや汚れを取り除きます。


完成!

交換完了でございます。

貼り替えたばかりのクロスは毛がフワフワでまだ鍵盤に馴染んでいませんので、調整が必要となります。ですので、音が出せるようになるまではもう少し時間が必要ですが、クロス交換の修理はこれで完成でございます。
今回はバランスブッシングクロスの交換をお見せ致しましたが、フロントブッシングクロスも同様に行ないます。

フロント・バランス両方行ないますと、所要時間は約1日といったところでしょうか。

このようにブッシングクロス交換を行なうことで、ピンとホールの隙間がぴったりと合い、程よい摩擦によって鍵盤が滑らかに上下に動くようになります。
こうなることにより、鍵盤への余分な付加が無くなり連打がしやすくなるだけではなく、弾き心地(タッチ)も良くなるというわけです。

次回第4回は、調律師カワイが「修理2回目:鍵盤修理・木口交換」についてご紹介いたします。

木口とは一体どこの部分のことなのでしょうか?
では、また(・ω・)

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ピアノセレクションセンターは、専用工房を併設したアコースティックピアノ専門のショールームです。
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