島村楽器公式ブログ

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ピアノ再生物語「ピアノはこうして生まれかわります」第6回「修理4 ハンマー膠切れ」

みなさんこんにちは♪
「ピアノ再生物語」にて3回目の登場となりますピアノセレクションセンター(以下、PSC)ピアノ調律師のカワイと申します。

今回でピアノ修理特集も第4回目となりました!ピアノについてだんだんと深いところまで踏み込んできておりますが、いかがでしょうか。
ピアノ修理のご紹介は、残りあと6回を予定しておりますので、まだまだ中間地点でございます(笑)ぜひ更なる深みへと進むピアノ世界への旅をお楽しみください♪

さて、今回の修理はタイトルから早速難しい漢字が登場しておりますね(笑)

調べたところ、「膠(にかわ)」は漢字検定準1級で登場してくる漢字のようです!スラっと読めたらカッコ良いですね!!ちょっと話がずれてしまいましたが…今回は「膠」の意味も含め、ピアノの音色に直結する重要な部分の修理を行なっていきます。

まず、「ハンマー膠切れ」がいったいピアノのドコ?のナニ?なのかを「ハンマー」と「膠」に分けて解明していきましょう。

ハンマーって何?

ハンマーという部品はピアノ好きのみなさんであれば一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。ピアノの部品の中では比較的メジャーな部品でございます。

英語で「hammer」といえば一般的には「金づち」を指しますが、ピアノのハンマーは金属ではなく、羊の毛を圧縮したフェルトでできております。しかも強力な力で圧縮されており、ピアノ1台にするとなんと、羊さん3匹分もの羊毛が使われているのです!
とはいいましてもなぜ羊毛なのでしょうか・・・?

ピアノは、強い張力で張られている金属のをハンマーで叩き、それによって生ずるの振動を音源としています。したがってハンマーの材質によって音は様々に変化し、金属のハンマーで叩いた場合は、鉄と鉄を叩いたような金属的な硬い音が出ます。
ハンマーの材質は音色・音のバランスを大きく左右するので、材質によってはピアノが別物の音になってしまうのです。

発明当初のピアノのハンマーは、木材に鹿の皮を巻いたものでした。当然金属のハンマーよりはやわらかいのですが、それでも音楽に適さない硬質な音でしたので、次第に改良が進み、現在の羊毛フェルトへと到達しました。
ピアノには多くの箇所に繊維材料が使用されておりますが、その中でもハンマーは、ピアノの音を左右する最も重要な位置を占めているといえます。
弱い打鍵では表面の柔らかい部分でソフトな音を生み出し、強い打鍵では芯の硬い部分が応えて迫力のある音を奏でる。ハンマーは内側が硬く外側が柔らかい、いわゆる「内剛外柔」が理想とされております。

上の写真のハンマーをご覧ください。白い部分でも外側と中央部分では硬さが異なり、中央部分に近づくにつれて硬くなり、赤い部分が最も硬いフェルトで出来ております。ピアノ職人はこのハンマーに針を刺して、ハンマーの硬さを調整し、美しい音色を作りだすのです。

続きまして「膠」のご説明に移らせていただきます。

膠って何?

この難しい漢字は「ニカワ」と読み、動物の皮や骨などから作られるコラーゲンが原料の接着剤のことです。
よく、魚や肉料理を作って置いておくと「煮こごり」ができますが、それと同じようなもので、成分はゼラチン(コラーゲン)でできております。60℃に加熱すると液状化して、冷えると硬く固まる性質があります。

膠(ニカワ)は5000年以上前の古代から接着剤として利用されていたと考えられております。
古代エジプトの壁画には膠の製造過程が描かれ、ツタンカーメンの墓からは膠を使った家具や宝石箱も出土しているそうです。とても歴史ある接着剤ですね!

膠の長所としましては、非常に高い接着力・水との親和性・高い浸透性等があげられます。
欠点としましては、腐敗しやすさ・硬いために刃物を傷める等がありますが、これらはその長所に比べると微々たるものなのです。

そしてこの膠には更にもうひとつ大きな特徴があります。それは‥‥液状化している間はとっても、とぉぉっても!臭いのです!!(笑)
私は当初この臭いがとても苦手でした。獣の臭いという表現が正しいでしょうか‥‥。
ピアノ工房はこの膠臭が常に漂っている所が多いかと思いますが、この獣の臭いを常に嗅いでいると自分が獣に変身してしまう気がしてなりません(笑)。
しかし、膠臭が漂う空間で長年生活をしたせいなのか、今となってはこの臭いが癖になり心地よく感じるようにさえなってしまっています‥‥。
みなさんも興味がありましたら、ぜひ一度PSCまで嗅ぎにきてみてください(笑)。

化学の発展とともに、私たちの身の周りには多くのケミカル接着剤が存在するようになりました。それでもなお、多くのピアノには膠が使われています。
利便性を考えれば、もっと使いやすく効率的な接着剤もあります。ただ、楽器というのは音を奏でるものであり、その音を作り出す(振動させる)木もまた、自然の恵みから生まれたものなのです。自然の産物同士による相性とでもいいましょうか。
膠が今なお現役で、木材の縁の下の力持ちとして活躍してこられた理由は、そんなところにもあるのかもしれません。

長くなりましたが、ハンマーと膠についてご理解いただけましたか。
改めまして「ハンマー膠切れ」をひと言でご説明いたしますと、ハンマーを接着している膠の接着機能が失われているということを意味します
。膠切れがおきますと、ハンマーがを叩く際に「カチッ」というような音が混ざり、症状がひどくなるとハンマーがグラグラになり音が出なくなります。

ここで注意点ですが、「カチッ」という雑音が必ずしも膠切れによるものとは限りません。
他の原因の場合もあるのですが、調律師という職業がらか、試し弾きしたときに出る雑音を聞くだけで、修理の必要な場所が分かるようになります。
「カチッ」という雑音の中でも聞き分けられる様になるのですね。これぞピアノとの会話と言えるのではないでしょうか・・・(笑)
前置きが長くなりましたが、詳しい修理方法のご紹介に移らせていただきます。

修理の流れ

まず、ハンマーを外す作業を行ないます。上写真の58番ハンマーのネジをドライバーで取り外します。

外せました!ハンマーが接着されている棒の部分を「シャンク」と呼びます。
続いて竹串で指している場所の接着力がなくなっているため、「シャンク抜き」という道具を使ってハンマーを取り外していきましょう。

上の写真がシャンク抜きという道具です。右側の小さい方の道具をまずハンマーシャンク(棒の部分)に取り付けます。

取り付けました。次に大きい方の道具を右手に持ってスタンバイします。

スタンバイOKです!それではハンマーシャンクの部分に大きい部品をセッティングして、後は力を入れて握ると・・・

取れました!!ハンマーはこのように穴に棒が刺さって接着されています。続いて接着剤が残っている部分をヤスリで取り除いていきます。

キレイになったところで続いて膠の登場です!膠は冷えると固まりますので、まずは湯せんして柔らかい状態に戻します。

上の写真は膠を温めている所です。ビンの中に膠が入っており、周りは水をはってあります。下がアルコールランプになっていてその熱によって膠が湯煎され、液状化する仕組みです。

液状化しましたね。見た目トロトロしていてハチミツのようで美味しそうですが、今まさに獣の臭いがプンプン漂っております!
誤って指にくっつくととても熱い上にすぐとれません。火傷の注意が必要です。
ちなみに、この道具はあるPSCスタッフの自作(自信作?)です。ビンは使わなくなったピアノのを使って固定されています。

膠の準備ができましたら次にハンマーシャンク(棒)に膠を付けて、ハンマーとの接着を行ないます。
ここは膠が固まる時間との勝負なので、すばやく正確に接着する熟練の技が必要になります。接着の仕方によっても音色が左右されますのでとても大切な工程です。

これをピアノに取り付け、隣のハンマーと平行になっているかを確認しながら調整をします。キレイに接着できました!これで完成です!!

いかがでしたでしょうか。
膠(ニカワ)はピアノだけでなく、ヴァイオリン、チェロなどその他楽器にも幅広く使われております。ピアノの場合ですと、接着剤の材質や着き方によってハンマーがを叩く瞬間の力=音に影響を与えるのです。
知れば知るほど奥の深い世界ですね!ピアノを弾く際には、ぜひハンマーがを叩く瞬間を感じてみてください♪

次回はもう一人の女子調律師ハラキによる第7回「修理5 センターピン交換」をご紹介します!お楽しみに♪

島村楽器ピアノセレクションセンターについて

ピアノセレクションセンターは、専用工房を併設したアコースティックピアノ専門のショールームです。
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